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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1757号 判決 1969年7月28日

控訴人(附帯被控訴人) 荒川広

被控訴人(附帯控訴人) 思川商事株式会社

主文

1  原判決中控訴人(附帯被控訴人)敗訴部分を取消す。

2  被控訴人(附帯控訴人)は、控訴人(附帯被控訴人)に対し金一八三万八、二一五円およびこれに対する昭和四一年一二月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  控訴人(附帯被控訴人)のその余の控訴および附帯控訴人(被控訴人)の附帯控訴を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分しその一を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

5  この判決は主文第二項に限り、かりに執行することができる。

事実

控訴(附帯被控訴)代理人(以下単に控訴代理人という)は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人は控訴人に対し金四一二万六、六〇四円およびこれに対する昭和四一年一二月二七日から年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被控訴人の負担とする」趣旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、附帯控訴につき「附帯控訴棄却」の判決を求め、被控訴(附帯控訴)代理人(以下単に被控訴代理人という)は「控訴棄却」の判決を求め、附帯控訴として「原判決中控訴人勝訴の部分を取消す。控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」旨の判決ならびに当審における請求拡張分につき「請求棄却」の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠の提出、援用、認否は事実関係につき、

控訴代理人において、

「一、控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という)の慰藉料金二二一万円のうち金一五〇万円の請求を金一二〇万円に減縮する。

二、新に看護料として金三〇万円の支払を求める。

控訴人は本件受傷により入院し、その入院期間のうち最初の一〇か月は付添看護を要する状態にあつたが、その間は控訴人の妻ノブが家事を放擲して終始付添看護に当つていたのであるから、被控訴人は近親者の看護料として職業付添人の料金を超えない範囲である一日金一、〇〇〇円の割合による一〇か月分計金三〇万円の損害を控訴人に与えたものというべきであつて、これを賠償する義務がある。

三、附帯控訴についての被控訴人(附帯控訴人以下単に被控訴人という)の主張事実のうち控訴人のバイクのブレーキが全くきかなかつたこと、控訴人が道路中央を進行していたことはいずれも否認する。控訴人のバイクのブレーキには何らの異常はなく、同人は道路の左側部分を進行していたものであり、(1) 訴外柏崎の車の進行して来た道路より控訴人が進行して来た道路の方がはるかに幅員が広く、柏崎の車は左折車であるに対し控訴人の車は直進車であつて広路優先、直進車優先のルールが適用さるべく、ことに控訴人の進行して来た道路は宇都宮街道に通ずる比較的交通量ある道路であるに反し、被控訴人の進行して来た道路は行き止りとなつていて殆ど車の通行はない道である。(2) また柏崎の車に控訴人の車がぶつかつたのではなくて、柏崎の車が、控訴人の右脚すなわちバイクの横腹にやゝ斜に衝突したものであり、控訴人のバイクは左横方向に三米弱飛ばされている。しかも車輛のもつ物理的な危険性の大小、危険回避能力の優劣によつて危険責任を分配する一般原則からしても、柏崎の普通貨物自動車と控訴人の原動機付自転車と比較すれば前者の方がはるかに対他危険性が大であり、柏崎にはそれに対応する高度の注意義務があり、その過失は重大である。」

被控訴代理人において

「控訴人主張の看護料に相当する損害が発生したことは否認する。

附帯控訴の理由として本件事故は控訴人がブレーキの全くきかないバイクに乗用して、道路の中央を時速三〇粁で進行し、柏崎の車の前部に自ら衝突したものであつてその過失は重大である。それ故右事故は柏崎に多少の過失があつたとしても、被害者たる控訴人の過失に基づいて惹起されたものというべく、被控訴人に責任はない。」とそれぞれ述べ、

証拠<省略>……外は原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

成立に争のない甲第一、第二号証、同第六、第七号証、同第九号証、同第一一ないし第一三号証、原審証人長島保之、同柏崎秀雄の各証言(但し柏崎秀雄の証言中後記措信しない部分を除く)、原審および当審における控訴人荒川広本人尋問の結果を総合すると、訴外柏崎秀雄は昭和四〇年一一月八日午前七時五〇分頃、普通貨物自動車(栃四な六〇-八二)を運転し、栃木市惣社町一二二四番地先の十字路の交差点に於て自己の運転する右自動車前部を左方道路から北進して来た控訴人の運転する自動二輪車(第二種原動機付自転車壬生町第三四五〇号)の右側面に衝突させそのため控訴人は右二輪車と共に約三米先に跳ね飛ばされ、この事故によつて控訴人が、現在においてもマツサージ等の加療を必要とする右股関節脱臼骨折、右脛骨、腓骨々折等の傷害を負つたこと、および柏崎の運転する右貨物自動車は被控訴会社に整備工として勤務する柏崎が、同会社に出動する為に同会社から借り受けていた被控訴会社のものであつて被控訴会社は自己のため右自動車を運行の用に供する者であることが認められ、右認定と抵触する前示証人柏崎秀雄の証言部分は措置することができない。

被控訴人は右事故の発生は控訴人の過失に基づくものであり、たとえ、柏崎に過失ありとするもそれは僅かであるに比し、控訴人にはブレーキの利かない自動二輪車に乗用していた等重大な過失がある旨主張する。

そこで成立に争のない甲第六、第七号証、同第九号証、同第一一ないし第一三号証、本件事故現場写真であること争のない同第一四号証、原審証人柏崎秀雄(右証言および甲第一三号証中それぞれ後記措信しない部分を除く)同高松良一、同谷中啓治、同松本清之の各証言、当審および原審における控訴人本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)を総合すると次の事実が認められる。

前示交差点は東(宇都宮街道柳原ガード方面)から西に向つて都賀町大字平川に至る幅約二、五米の道路(以下西行道路という)と北(惣社町地内部落方面)から南に向つて走る幅約一、九五米の道路(その北方は行き止りとなつている。以下南行道路という)との交るところで、交通整理は行なわれておらず、交通標識はなく南行道路から西行道路へ向う左側角には高さ一、七四米位の樹木が生えていて左方(東)は見通すことができないところであつたところ、柏崎の運転する前記貨物自動車(以下柏崎車という)は南行道路より西行道路に向つて左折(東行)しようとして時速を約一〇粁に減速し(証人柏崎秀雄の証言および甲第一三号証中時速五、六粁との供述および供述記載があるが、甲第九号証の実況見分調書により認められる衝突地点と双方の相手方発見地点との距離および後に認定する控訴人の自動二輪車<以下荒川車という>の速度が時速三〇粁位であつたことなどから計算すると柏崎車の速度は一〇粁位であつたと認められるので右供述および供述記載は信用できない)見通のきかない場所で一旦停止し警笛を一度吹鳴して、西行道路に進入したが、左方(東)から時速約三〇粁で右道路を西に向つて走行する荒川車を約八米先に発見し、急いでブレーキをかけたが間に合はず、柏崎車の前部を荒川車の右側とこれに跨る控訴人の右足に衝突させ、同人を車もろとも約三米跳ね飛ばしたものであること、一方控訴人は西行道路を一か月間毎日同時刻に通行していて道路の様子はよくわかつていたが南行道路から西行道路に進入する人や車は見かけたことがなかつたので何らの注意を払はず漫然と時速三〇粁そのままの速度で道路のほゞ中央を西に向つて走行し、柏崎車を発見した後も荒川車のブレーキをかける等危険防止の措置に出なかつたこと、なお荒川車は中古品でブレーキがよく利かなかつたこと(この点についての原審および当審における控訴人本人の供述は信用しない)が認められる。

以上認定の事実からすると、柏崎車は交通整理の行なわれておらず交通標識もない交差点に進入しようとしたのであつて自己の進行する南行道路は西行道路に比し道幅も狭く交通量もあまり多くなく左方は見通しが極めて悪いのであるから、一旦停止した上左右を見通し、特に西行道路の左方面(東)から右(西)に向つて来る車の有無を確める等西行道路の状況を観察し右道路上えの直進車があればこれを避譲しうるようさらに減速又は停止等の措置を考慮しつゝ、安全を確認した上左折すべき義務があるに拘らず、安全の確認と対処すべき措置を怠つた過失がある。一方控訴人は幅員の広い道路を進行しているとはいえ、毎日通行している道路であつてその状況は十分知つており、本件交差点が見通しが悪く南行道路から東側の西行道路はよく見えないことも知つていたものと認められるのであるから、南行道路からの進入車につき一応注意を払い減速し、若し急に進入する車のあるときはこれを避けるかブレーキを操作して直ちに停止することのできるよう心掛けるべきであるのに、何時ものように南行道路から西行道路に進入するものはないと軽信して前記速度のまゝ減速もせず道路のほゞ中央附近を慢然ブレーキの不完全な荒川車を運転し、柏崎車を発見して後もブレーキの操作すらなさなかつた過失がありこの過失は柏崎の過失に比し重くはないがこれを否定することはできない。

右説示のとおりであるから被控訴人は柏崎車の運行供用者として本件事故による責任を免れることはできない。

本件事故によつて控訴人の蒙つた損害は次のとおりである、

(1)  治療費、 原判決理由第四項(1) に記載するとおりであるからここにこれを引用する。(金一四万二三八〇円および金五万四九七六円)

(2)  入院中の休業補償費、 原判決理由第四項(2) の冒頭より一一行目までに記載するとおりであるからこゝにこれを引用する。なお成立に争のない乙第三号証を以てしては右認定を覆すことはできない。(金五九万七〇〇〇円)

(3)  入院中の看護料、 すでに認定したとおり控訴人は本件事故に基づく傷害治療の為一三か月余の間入院したが当初の一〇か月位の間は控訴人の妻ノブが家事、商売を放擲して殆どつき切りで看護していたものであることは原審証人荒川ノブの証言、原審における控訴人本人尋問の結果認められるところであり、原審証人長島保之の証言により右一〇か月間はその病状により付添看護の必要があつたことが明認され、このような場合職業付添看護人を雇用せず近親である配偶者に於て無償で看護に当つたとしてもこれによつて控訴人に職業付添看護料に相当する損害を与えたものと同視するのが相当である。そしてその額は通常一日一、〇〇〇円を下らないことは公知の事実ということができるから、控訴人は一〇か月分の看護料に相当する合計金三〇万円の経済的不利益を蒙つたものと認めることができる。

(4)  退院後の減収(逸失利益)、 当審および原審における証人荒川ノブ、原審証人長島保之の各証言、当審および原審における控訴人本人尋問の結果、郵便官署作成部分につき成立に争いなくその余は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二三、第二四号証の各一、二を総合すると、控訴人は本件事故により右股関節説臼、右大腿骨々頭骨折、右脛骨腓骨々折の傷害を引き起し退院後である昭和四三年一〇月三日当時において右下肢の筋萎縮著明で右股部右大腿部に手術による創痕あり醜状を呈し、右大腿骨々頭の変化が大きく右股関節はやゝ悪化しておりその症状は固定して今後軽快の見込なく、労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表の第八級に該当すると診断され、現在においても正座は勿論あぐらをかくことも、長い距離を続けて歩くことができきず、階段の昇降は手摺につかまらないとできない有様で、重い荷物の積み卸しは困難であることが認められ、その為控訴人としては、近い将来、これまで行つて来た廃品回収の仕事を断念し、身体の状態に適合する他の職業(貴金属売買)に転ずることを企図していることが認められ、右の認定を覆すに足りる証拠はない。右証拠によれば控訴人は大正六年一二月一三日生れで事故当時前記職業に従事する四九才の健康な男子であり、厚生省の発表する第一〇回生命表によれば同年の男子の平均余命は二三・二一年であること当裁判所に顕著であることから見て、控訴人は事故後少くとも一四年間、六三才までは従前通り嫁働し続けられるであらうことは容易に推知し得られるところであつて先に認定したとおり、引続き月々金四万五〇〇〇円の収入を得ることができると推認し得るところ、右事情の下では将来の転業などを考慮に入れるとその労働能力喪失による所得減少に基づく逸失利益は三〇パーセントと見ることが相当である。

そこでホフマン式係数表を利用し法定利率による中間利息を控除して一四年間の逸失利益を計算すると

45,000×12×0.3×1.04094(ホフマン係数)= 1,686,322

金一六八万六、三二二円が所得喪失による損害である。

(5)  慰藉料、 右(4) に掲記の各証拠を総合すると、控訴人は本件事故による傷害により危篤状態に陥り四回にわたる手術を重ね、一か年余の入院期間を経て退院するに至つたが前示のような後遺症に悩まされ、完全に回復する見込もなくこれまでの職業を続けることが困難であることなどが認定され、その他本件に表れた諸般の事情を考慮すると控訴人の蒙つた精神的損害は金一〇〇万円と認めるのが相当である。

(6)  過失相殺、 すでに説示したとおり控訴人にも過失があり、損害賠償の額を定めるにつきこれを斟酌すれば、以上認定の損害額合計金三七八万六七八円からそのほゞ二〇パーセントに当る金七五万円を減ずるのが相当であるからその損害額は金三〇三万六七八円となる。

(7)  補償額の控除、 しかして控訴人が強制保険に基づきすでに金六九万五、六六五円の補償を得ていることはその自認するところであるからこれを右の損害額三〇三万六七八円から控除した金二三三万五〇一三円が控訴人の受くべき損害額である。

(8)  弁護料、 弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第八号証および当裁判所に顕著な本件訴訟の提起およびその経過によれば、控訴人は本件事故による損害の賠償を求めるため訴訟を提起することを余儀なくされ弁護士田邨正義同山川洋一郎に対して昭和四二年六月二〇日訴訟委任すると共に同弁護士らに着手金として金四四万一、二八一円を支払うことを約したところ、右弁護士らによつて本件訴訟が提起され現に遂行されていて同弁護士らに右金員の支払を要する関係にあることおよび控訴人は弁護士に委任するのでなければ十分な訴訟活動をなし得ないと思料されることなどが認められる。しかし、右請求額(訴額の約一割に相当する)、本事案の難易、先に認定した損害額その他諸般の事情を斟酌すれば、控訴人が弁護費用として請求する損害額のうち、先に認容した損害額(金二三三万五〇一三円)の約一割に相当する金二三万円のみが本件不法行為と相当因果関係ある損害と認めることができる。

以上のとおりであるから被控訴人は柏崎車の運行供用者として控訴人に対し、以上(1) ないし(8) に従い計算した損害金額の合計金二五六万五〇一三円(当審における請求拡張分金三〇万円を含む)および内金二五一万三七円に対する本件不法行為成立後である昭和四一年一二月二七日から、内金五万四九七六円(治療費中入院費を除いたもの。前記(1) 参照)に対する右同様同四三年二月二六日から、それぞれ完済に至るまで民事法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。然るに、控訴人の原審における請求中「金七二万六七九八円及びこれに対する遅延損害金」の請求を超える部分を全部棄却した原判決は失当であつて、本件控訴は前記義務の履行(ただし、前記(3) の看護料に関する部分を除く)を求める限度で理由があるものというべく、当審における請求(拡張分)は全部理由があるからこれを正当として認容すべく控訴人のその余の控訴および被控訴人の附帯控訴は理由がないから失当としてこれを棄却すべきである。

よつて民事訴訟法第三八六条、第三七四条、第三八四条、第九六条、第八九条、第九二条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川添利起 荒木大任 長利正己)

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